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十和田湖畔 謎のキリスト像出現か? :: 2011/10/13(Thu)





2011年夏、ボートツアー中に偶然見つけた「キリスト」にそっくりの岩。 

今年は雨量不足で異常に渇水 しました。
その為、今まで見えなかった物が...
見た方は誰もが皆「キリスト」だ!と ...

GURILAND 十和田湖ボートアドベンチヤーHPより引用

雑誌「ムー」来月号に記事が掲載されるようですが、
今後もこのような今まで隠れていたモノ
隠されていたモノが明らかになってくる時期なのです。。

キリスト
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ロズリン聖堂2 :: 2011/06/30(Thu)

新バビロニアが南のユダ王国を滅ぼし、神殿に隠されているソロモンの秘宝
アークを略奪し開けたところ、中には解読不能な文字を記した巻物しか入っていなかった為、
ネブカドネザル皇帝は怒って燃やしてしまったと伝えられています。

解読不能な文字とは『不老不死と錬金術の奥義』であり
理解できなければただの記号でございます。


同じようにソロモン神殿の丸ごとコピーであるロズリン聖堂の内部に
施された彫刻や配置には『神聖幾何学』の暗号が散りばめられています。

そして『音』と『周波数』の使い方を知り尽くしていたメーソンは
(この技術は、エジプトやシュメール、そしてアトランティスに繋がるのだが・・)
音の周波数が表す神聖幾何学模様を刻んでおり
その音程を解読して繋ぎ合わせるとある旋律(メロディー)が
浮かび上がるというのです。

その旋律は、人間のDNAの二重螺旋を変化させ
不老不死の体にいわゆる「アセンション」を促すという・・・

そのスーパーサイエンスな驚きのドキュメンタリー映像がこちら







この聖堂内部の暗号を来るべき時期に人類が解読し
人類は『不老不死』になることを意図しているのかもしれません。。。
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ロズリン聖堂 :: 2011/06/28(Tue)

イギリスのスコットランドにあるロズリン礼拝堂は、テンプル騎士団の秘宝の安置所として
ウィリアム・セント・クレア卿によって、1440年に建造された教会でありますが、
キリストの聖杯伝説と結びつき、内部はフリーメーソンによる設計により
ソロモン宮殿を再現し、トリプル・タウが施されております。

ろずりん


タウとは、黄金比であり一般的には、Φ(ファイ)というギリシャ語で知られていますが、
古来はT(タウ)という文字で記されておりました。


この礼拝堂の核となる設計は、トリプル・タウとダビデ王の印章ー六芒星で形作られており、
中央のタウの右・左には、ソロモン宮殿のように、ボアズとヤキンの柱があります。

ろずりん2

このボアズとヤキンに施された彫刻は、四重螺旋になっており、人間のDNAの
二重螺旋を模倣したものであります。

ちなみにこのボアズとヤキンは、神社の鳥居の原型でございます。


そしてトリプル・タウを上から見ると、漢字の『円』という形になっており、
まるで幾何学上から考察すると『円』は「丸い」という形を表し、
このトリプル・タウに隣接して、六芒星が6本の柱で構成されているので
六芒星の『回転』『自転』という意味を醸し出しているのかもしれません。

トリプルタウ



言い伝えによるとその中央に『聖櫃』が置かれていたということでありますが・・・
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日本の由来 :: 2011/06/26(Sun)

物部氏は銅鐸文化の担い手であり、自らの国を「日の下」すなわち日本と
称していた人々でございました。




十一世紀に書かれた『新唐書』という中国の歴史書には、
日本という国号の由来が記されております。


『日本は倭という名前が卑しい名前であることに気づき、日本というようになった
 使者のいうところでは、国が日の出るところに近いので日本を名としたという
 また元々日本という小国があったが、倭はそれを併合してしまい自ら日本と
 称するようになった』


今日、大阪府東大阪市に「日下町」という地名がある。このところが
もともと物部氏の勢力の中心地である。今でこそクサカとは読むが、
それは日の下という意味であった。征服者たちは物部氏の勢力を崩して、
自分たちの倭という国名を彼らの日本という国名にすり替えてしまったのである。

しかし物部氏は消滅したのではない。彼らはなお各地に散って生き続けていた。
日本中を調べるならばその地名に物部というところを多く見つけることができるだろう。
特に東北地方において著しい。


『古代ユダヤは日本に封印された』宇野正美 日本文芸社 より抜粋 引用
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ダビデ王の紋は神宮奥宮の紋 :: 2011/06/19(Sun)

それは、伊勢の皇大神宮の内宮と外宮を結ぶ参道に立つ、百個近い石灯籠の
あかり窓に、このヘロデ王の紋が描かれていることであった。
その石灯籠には、一番上に当然のことながら、日本の皇室の紋章である菊の紋が
浮き彫りされ、その石のあかり窓に、このヘロデ王の紋があり、さらに驚くべきには
その下の石の台座に、ユダヤのダビデ大王の、カゴメ印の紋が彫られてあるのだった。


           中 略



翌日、西宮市の木藤石材工業を訊ねた。木藤社長は、おだやかな感じの人であった。
わたしの質問に答えを知っているかぎりのことを話してくれた。

灯籠を作るにあたって、当時の神宮庁長官の二荒伯爵と、当時の奉賛会会長の
森岡善照氏という実業家の指示にしたがった。
木藤氏は、灯籠に菊の紋章を入れることについては、当然のことと思った。
ところが、二荒長官と森岡氏は、あかり窓のあのひまわりの紋(ヘロデ王の紋)を
必ず入れるように強く主張した。それであかり窓の中央に書き入れることにした。
そしてさらに台座にカゴメの紋も彫り入れることになった。

木藤氏は、灯籠に三つもの紋を入れることは、くどすぎる気がしたので、
菊のご紋一つだけを主張したが、二荒長官らは、それを聞き入れず、
どうしてもその二つ(ユダヤの紋)を入れなければならない、と言い張ったという。
木藤氏は、その理由を聞こうとしたが、二人は答えてくれなかった。

ただ、カゴメの紋については、それが伊勢神宮の奥宮に「伊雑の宮」のご紋である、
ということの説明は受けた。しかし、ヘロデ王の紋につちえは、深い根拠があることは
確かなようであったが、説明はされず、とにかくこの紋を入れなければならないのだ、
の一点ばりであった、という。

二荒伯爵も森岡義照氏も故人となっていて、いまとなっては、もう聞くこともできない。
木藤氏の話は、そのようなものであった。わかしは、その話を聞いて、またも驚かざるを
得なかった。ダビデ王の紋であるカゴメの紋が、伊勢神宮の「奥宮」の正式な紋であった、
というのだ。

つまり、ユダヤの紋は、単に灯籠の飾りであるだけでなく、皇室の神宮のさらに
奥の核心の部分へと、いよいよ深く入りこんでいくのであった。
しかも、一方のヘロデ大王の紋については、さらに微妙ないわく因縁がありそうであり、
神宮長官はそれを知っておきながら、神宮とその紋との深い関係を決して口外しない、
あるいはできない事情があるにちがいないのだーわたしはそう感じた。

イスラエルのダビデ王は、イスラエルの建国の父である。紀元前101年にエルサレムに
王宮を構えた名君であった。
そして、伊勢神宮は、日本建国のハハである天照大神を祭ってあるわけである。
両者に共通する因縁があることは、うなずけるのであった。

だが、西アジアの果てなる国と、東アジアの果てなる日本との、このあまりに
かけ離れている二つの国の王家どうしに、いかにも密着したような奇妙な関係を
感じさせるのは、これはいったいどういうことなのかーわたしは、西宮駅のホームに
立ち電車を待ちながら、考えあぐむのであった。

『天皇家とユダヤ人』篠原央憲 光風社出版より引用
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