時空研 青森

時空研青森のブログです



スポンサーサイト :: --/--/--(--)

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. スポンサー広告
津軽の『三四五の封印』Ⅲ :: 2011/01/31(Mon)

日本の丑寅の方角、そして岩木山の丑寅の方角である
大石神社の岩座の封印が解かれたことで、
津軽の『三四五の封印』は解除されたのです。


風水で丑寅の方角は、鬼門といわれますが

鬼のスタイルを思い浮かべると
頭に角を生やし、虎の毛皮のパンツを履いていますが
それが丑寅といわれる所以であります。


岩木山より約10キロ北上すると鬼伝説が伝わる鬼沢という地名があり、
そして鬼を祀る鬼神社、通称おにがみさまの神社が残ります。


地元の伝承では、「巖鬼山(岩木山)」に棲む鬼が水の涸れた田に水を引き、
それ以来この地は土壌が豊かになったとの伝承が残っていますが
村人が「鬼」に感謝するため鬼神社を建て、鬼の使用していた鍬等を祀ったとの
言い伝えがあります。

oni1

oni2

oni3

oni4


鬼神社(おにがみさま)旧郷社
弘前市鬼沢字菖蒲沢 奥羽本線弘前駅より三粁
祭神 高照姫神 伊奘那岐大神 大山祇神
例祭 旧五月二十九日 神紋 まんじ巴 本殿 流造 境内 四四二坪
末社一社 宝物 鉄製の鍬形(千年前の作)鶏遊戯の図帖
氏子 二百五十三戸 崇敬者 五万人
神事と芸能 七日堂舞祀(旧正月二十九日その年の五穀豊穣を祈る)
裸祭り(旧正月一日氏子青年団裸にて〆縄奉納)

由緒沿革 延暦年中坂上田村麿東夷征討の勅命を奉じ東国に下った時、
岩木山頂奥宮鎮座顕国魂の女高照比売命の霊験を蒙るに因り
岩木山麓に社宇を再建したという。其後大山祇命を配祀すと云う。

明治十四年郷社に列せられた。



鬼とは、伝説上の妖怪魑魅魍魎の類ではなく
権力者側の視点からの
制圧された神々や民「まつろわぬ者」のことでありますが、
『鉄鉱民』でもあります。


鬼伝説のある地域には、黄金いわゆる「マガネ」鉄のように
鉄鋼等の資源が見え隠れし、
そして坂上田村麻呂や慈覚、空海等の神社仏閣霊場創建伝説が
重なっているのは、蝦夷の制圧とともに、その地方の鉱物資源が
が狙いでもあります。


現に、鬼沢近くの岩木山北麓の大森勝山遺跡には、
環状列石が見られると同時に

山麓全般に製鉄跡の『たたら』の痕跡が残るのであります。




鉄鉱民のルーツと言えば、世界最古の製鉄民「ヒッタイト人」であり
『旧約聖書』では「ヘテ人」という名称で登場しますが、
カナンで神と契約を結んだ民であります。

トルコのエルズルムとは、かつてヒッタイト帝国が栄えた地ですが
『霊界物語』によると、国常立尊はエルズルムから世界の東北に
追いやられて日本列島が形成され

この出来事が人間界に移写したのがヒッタイト系イスラエル10支族の日本渡来であり、
更にこの東北地方に追いやられているようなのです。

黄金の子牛像を崇拝したヒッタイト系イスラエル10支族(出雲族)の族長は、
「スサノオ」と呼ばれる。


魔法陣では、丑寅の方角は「八」という数字が当てられていますが、
出雲族を象徴する数字は、「八」であり、ヒッタイトを原音で読むとまさにハッティとなります。


岩木山では、お山参詣で参拝者が頂上に近づくと

「来たじゃー、八、来たじゃー
 今、来たじゃー」

と叫ぶのが慣わしですが、

一般的には、「八」とは八大金剛童子のことではないかと考えられていますが、
実は、お岩木山に幽閉封印されている出雲系神のことだと睨んでいます。


丑寅の方角から黄泉帰る鬼は、祟り神として恐れられる「艮の金神」として、
地震、雷、暴風雨と共に復活するのでございます。


津軽の『三四五の封印』を2週間ほどフラクタルしているが
あいかわらず大雪で申しわけないのでございます。


スポンサーサイト
  1. 神社・仏閣
  2. | trackback:0
  3. | comment:1
津軽の『三四五の封印』Ⅱ :: 2011/01/24(Mon)

東北において封印を探ると坂上田村麻呂の名が何度も繰り返されますが、
そもそも田村麻呂は、歴史の上では志波城を築いただけで、青森まで来ておらず
青森県の蝦夷を平定したのは文室綿麻呂であります。


田村麻呂の伝説が各地に残るのは、
『古事記』『日本書紀』を編纂した藤原不比等によるものであり
歴史改変の事業の為、真の歴史を闇に葬った張本人であります。
(その不比等のバックには○○○が)

そして、不比等の命令で動いた実行部隊である山伏どもが
実際に各地で、坂上田村麻呂や慈覚、空海等の神社仏閣霊場創建伝説を作り上げ、
全国の主要なエネルギースポットを呪術で封印したのであります。

それは徹底したもので、明治の初め、神仏分離の時まで続けられていたことが
分かっています。


従って、本来の祀られていた神を封じ込め、その上に渡来系の神仏を祀り
真の歴史を知らされていない我々が、ご利益を求めパワースポット巡りなどして
自らの思考エネルギーで埋没神をさらに封じ込めているのが現状であります。

これこそ、カッバーラの極意であり、おそるべし不比等なのであります。



さて、津軽の『三四五の封印』の続きを解明しよう。

全国に仕掛けられている『三四五の封印』は、『三』と『五』の地名を頼りに
『四』の場所を特定し、

「日向の直角三角形の封印において4の辺上に9つのポイントがある。
うち一ヶ所で日向は封印をしており、残り8ヶ所は偽物のポイントである」


通常の『三四五の封印』は、この一箇所の封印を解除すればよろしいのですが、
ここ津軽だけは別格です。


異なる年代において天台密教最強の防御術・北斗供
いわゆる北斗七星の封印を後から施しています。


「荒俣宏 歌枕謎解きの旅」より

 熊野奥照神社の社殿によれば、津軽地方は王城の鬼門にあたることにより、
古くから鬼神の蜂起が発生して庶民をおびやかすことがあったという。
そこで津軽の阿姿羅というところに千坊の寺を建てて鬼神を平定し、
国土擁護秘法を修した。ところが鬼神の横行は一向にやまなかった。

そこで桓武天皇の時代に、田村麻呂が名を受けて官民五万八千とともに
ぴ集を攻めた。このとき、田村麻呂は閉廷した津軽に七つの社を建て、
そこに武器を遺棄して、あたかも田村麻呂将軍がこの地に常駐するかのごとくに
見せかけることにした。

田村麻呂はその際、七社を北斗七星の形に配し、星の威光を借りて鬼神を封じたという。
明治九年頃に岸俊武の「新撰陸奥国誌」に熊野奥照神社古文書から引用された
図が掲載された。それは岩木山を中心とする十二里四方の範囲に点在する
七つの神社の配置図であった。しかもその配置が北斗七星の形をなしていた。





この津軽は、日本列島の丑の方角であり、鬼門でありますが、
この鬼門に国常立命=大己貴命を幽閉し、そして厳重に封印し、
同時に祀りあげることで、
本州の北門の守りを固めたのであります。


その場所は、本州最北端の北の鎮守の霊峰岩木山
国常立命=大己貴命を幽閉したのであります。


天台密教最強の防御術・北斗供の一つにも岩木山神社が加えられ
いわば、二重の封印が施されているわけですが

あるポイントに気づき浄化しなければ、岩木山神社が開かないようになっています。



岩木山神社の元宮ともいわれる巌鬼山神社と呼ばれる神社が
弘前市十腰内にあります。

巌鬼山神社


 
当神社は、桓武天皇の御世延暦15年の草創なり、
大同2年征夷大将軍坂上田村麿公奥羽平定の時、霊験を蒙り当社を再建せり、
爾来岩木山上の社殿を奥宮、当神社の下居宮と称せり、
堀河天皇の御世寛治5年当神社より壱百の渓谷を越えて社殿を建立せしは、
今の百沢岩木山神社にして壱百の沢を越えたるを以て百沢と称せり。

 伝云、往時岩木山三所大権現(岩木山・厳鬼山・鳥海山)と称せられたりと、
厳鬼山には西方寺観音院を置き寺禄百石を賜る、
当社殿は慶長2年旧藩主津軽為信公改築せられるを、元禄2年、安政元年、
明治28年、大正10年の修繕を経て今日に至る。

-『平成祭データ』-



十腰の下居宮(現厳鬼山神社)が百沢(現岩木山神社)に遷座されていますが、

岩木山神社から北に約5キロの地点に大石神社と呼ばれる石がご神体の神社があります。

大石ライン


大石神社


大石神社の由来

 往古桓武天皇の延暦19年征夷大将軍坂上田村麿東夷勘定の時、
当山の霊験を蒙りしにより、十腰内に下居宮を建立、当時当社は
岩木山登拝口にして、巨石大余の者三四併立神体石にて、
工人群集登山の安全を祈願せり。

 堀河天皇の寛治5年十腰内の下居宮は壱百の渓潤を越せる土地、
即ち百沢に遷され跡地の社堂は岩木山三所大権現の内一社
厳鬼山御西方寺観音院として、俸禄百石を検行し巨石大石明神の信仰弥高まりたり。

-『平成祭データ』



岩木山神社と巌鬼山神社と大石神社は、東経140度20分ライン上であり
ここは神社や古代遺跡が立ち並ぶレイラインです。

140度20分レイライン


大石神社の社伝によると

十腰の下居宮(現厳鬼山神社)が百沢(現岩木山神社)に
遷座した後、大石信仰が高まっていますが、
大石神社のご神体である石に言霊による呪術を施したようであります。

石は、情報を蓄積できる非常に高度なハードディスクなのです。



従って、津軽の『三四五の封印』は、大石神社を浄化することで、
解けるのでありますが・・・
  1. 神社・仏閣
  2. | trackback:0
  3. | comment:0
津軽の『三四五の封印』 :: 2011/01/19(Wed)

風水でいう龍脈(大地のエネルギーライン)は、人間の思考エネルギーを運ぶ
道路や鉄道も一種の龍脈であり、昨年12月4日に『青森』まで東北新幹線が繋がりました。

従って、新幹線の路線は
『一戸』→『二戸』→『八戸』→『六戸』→『七戸』→『青森』に繋がりますが、
以前、解き明かした『三戸』『神郷(戸来)』『五戸』を加えると


『一戸』→『二戸』→『三戸』→『神郷(戸来)』→『五戸』→
『八戸』→『六戸』→『七戸』→『青森』のエネルギーラインが完成します。

この縄文エネルギーラインは、青森の『三内丸山』が基点となりますが

ここから津軽の『三四五の封印』を考察してみましょう。


まずは『三』と『五』のつく地名を探しましょう。


『三』である『三内丸山』と『五』である『五所川原』
結ぶライン上には梵珠山があり、
ここは津軽三十三霊場第25番松倉神社が磐座の上に建っています。

延暦二十年(801)あるいは大同二年(807)に坂上田村麻呂が松倉山に
十一面観音を安置し、観音寺を再興したといわれています。



そして『三内丸山』と『五所川原』それぞれから
隠されている『四』をフーチでマップダウジングすると

岩木山と弘前城を霊的に守護する寺である

久遠寺で交差します。

津軽三十三霊場 第1番でもあります。

久渡寺観世音の起源は、延暦年間(782―806)、三千坊の一寺として阿闍羅山(大鰐町)に
建立された補陀洛(ふだらく)寺にさかのぼるという。また、久渡寺山は坂上田村麻呂が
建てた阿闍羅千坊のひとつともいわれ、その古宮と伝わる跡がいまもある。




久遠寺はもとは町の裏鬼門の守りとされていたが、現在の位置に移転されたと
言われるが、気持ちの上での岩木山の守りと城の守りを負っている。
久遠寺は岩木山の山頂から岩木山神社の参道を南下したところにあり
岩木山神社の百沢寺と同じ真言宗の寺で関連性がある。
久遠寺でイタコが死者の口寄せなどをするオシラ講は明治から始まり
急に盛んになったと言われる。それは男性の山伏が神仏分離令でいなくなって、
その代わりの仕事を梓巫女とも呼ばれていた女性のイタコが果たしたといわれる。


『風水で読み解く弘前』佐々木隆 北方新社より引用


久遠寺は、まさに『四』(死)を連想させるにふさわしいのです。

そして風水都市『弘前』がこのトライアングルによって
封印されていることが見受けられます。



このトライアングルに重なるように北斗七星の蝦夷封じが存在することは
小館哀三氏の『岩木山信仰史』の中で紹介され、以前から知られていました。


横内の妙見宮(青森 大星神社)
浪岡の八幡宮
猿賀の深沙宮
弘前の熊野宮(熊野奥照神社)
岩木山神社
村市の毘沙門宮(相馬村 鹿島神社)
乳井の毘沙門宮(大鰐町)



津軽では毘沙門天の寺社七つを北斗七星に形どって結び、
田村麻呂制定の鎮護の秘法として信仰する記録が残されている。
いずれも、天台ー台密系である。

『岩木山信仰史』P84より引用

津軽「三四五」


桓武天皇は、東国平定に妙見信仰を推奨し、その命を受けた
征夷大将軍坂上田村麻呂は、毘沙門天の化身とされる所以であります。
非常にイビツな北斗七星ではありますが、それぞれの神社が
素晴しいエネルギーであり、信憑性が高いのであります。

大鰐町の乳井神社は、八郎太郎伝説の南祖坊が熊野権現のお告げを
聞いた場所でもあります。


また、岩木山神社の祀神は、現在

顕国魂神 多都比姫神 宇賀能売神 大山祇命 坂上刈田麿

となっていますが、これは明治以降のことで
それより前の時代は、

国常立命(阿弥陀如来) 多都比姫命(十一面観音) 大己貴命(薬師如来)
岩木山三所大権現の秘神として祀られていたのであります。


津軽の『三四五の封印』を解くにはまずはこの北斗七星をフラクタルで
浄化するのが手っ取り早いようですが、そう簡単にはいきません。

違うあるポイントを浄化しなければ、岩木山神社が開かないようになっているのです。
  1. 神社・仏閣
  2. | trackback:0
  3. | comment:0
1月度青森セミナーレポート :: 2011/01/17(Mon)

今回は、今年最初のセミナーでしたので、セミナー後は
新年会がございました。


毎年恒例、じゃんけん大会 豪華景品
1等 丸水晶10万円相当  2等フォトニックフラクタル(3万円)
3等 アルミ富士(1万円) 4等 時空研DVD
5等 古青神  参加賞 モロコシール   

じゃんけん勝った方、おめでとうございます!!





さて、セミナーの主な内容(レジュメ以外)は、以下の通りでございます



★急に問題が解決し始めた!

エネルギーの残像が残るキルリアン写真のように

問題は既に解決していても、その問題の虚(キョ)が残ることもあります。

その虚のために、もう解決しているのに解決していないという
悪循環の思いにより永遠に解決できないことになってしまいます。


対策として

~に関る虚のインクルードワールド

を浄化すると解決する


例)探査すると既に胃潰瘍が治っているとして
  でもなんだかモヤモヤして実感できない場合

 胃潰瘍に関る虚のインクルードワールド

 と書いて大調和するなり、FFで浄化すると解決する




★写真は、情報が多いので
フラクタル作業をするにはもってこい


フジフィルムのチェキが使いやすい。
(ポラロイドの小型版)
FUJIFILM instax mini7S チェキ ホワイト INIS MINI 7S WTFUJIFILM instax mini7S チェキ ホワイト INIS MINI 7S WT
()
富士フイルム

商品詳細を見る



これで自分の写真を撮影し、FFを載せておくだけで、
いつでもどこでも、『思う』だけで浄化できる


すべてのノイズ 写真と心身一切のノイズ
本来のノイズ  浄化



★夢の中で問題解決

酒は飲まない。脳波はシータ波に。
忘れてしまうので、筆記用具は常に枕元に。

必ず答えが来るが、直ぐには来ないので、一ヶ月間毎日やる覚悟で。


宇宙神さま×3、○○○(氏名)が一億円儲かる方法を教えて下さい!×3
ありがとうございました!×3

素晴しい夢見れました!×3 有難う御座いました!×3 コレを繰り返す




★10倍基本浄化をやりなさいとはいわない
 あまりにも、簡単になってしまったから・・・



自分の名前を紙に書く その上にフォトニック・フラクタルを置いて
書いた名前を繰り返す

ノイズ取れたら、大調和スピン等で大調和エネルギーを注入する

FFは、浄化だけなのでエネルギーは、別に入れることが必要


でも、たまには基本浄化ちゃんとやってね。



必ず答え出る!
答え出ないのは、やってない!

1ヶ月に八千回やった。1日300回。毎日2~3時間やったら答え出た!


2011



★幹細胞のソマチットがトレフォンを出すと細胞が分裂する

従って、人体のパーツを20年ごとに新品に



★農地の新品化

有機野菜は、枯れずに腐る 従って、体に毒であります。

ソマチット農法 

デジカメ等で撮影した写真を使用する

『この写真の農地の全ソマチット、全肥毒』と書いた紙にFFをのせる

すると通常はソマチットサイクル16形態の7~8番目のソマチッドが 
元に戻る(25億年前に戻る)


★タバコを吸う方は癌になりにくいらしい

★インフルエンザ対策



 ○○○(氏名)の全細胞・全血液・患部(喉とか)から
        インフルエンザウイルスを抜く


困ったことに、時空研の会員さんは基本浄化やっているので
熱等インフルエンザの症状が出ない


★花粉症

○○○(氏名)の全皮膚・全細胞・全血液から
        マスト細胞・抗源・IgE抗体を抜く



★ADHD

○○○(氏名)の第2頚椎・第3頚椎・周辺筋肉・神経から
        ウイルス・アセチルコリン・細菌を抜く



★モナド顕現

○○○(氏名)のモナド顕現 

と紙に書いてFFを載せて浄化するだけ



来月のセミナーは、2月13日(日)です!

寒いとは思いますが、多くの皆様のご参加をお待ち申し上げます!


  1. セミナー
  2. | trackback:0
  3. | comment:0
六の『戸』の謎 :: 2011/01/14(Fri)

「3の封印は、4と5に依って鍵の目が合い、
そこに更なる6なる力が加わって初めて日の目を見る」




話の流れとして、六の『戸』である『六戸』に話を移しましょう(笑)

ここは青森時空研の事務所があり、青森セミナーの会場でもあります。
古村先生が、わざわざ東北の丑の方角に毎月おいでになるのは、
ちゃんとワケがあるのです。



重要なものは、見えるところに隠すのは、カッバーラの奥義であります。



「六」という数字は、「亠」と「八」に分解でき、文字通り「六」は「八」が
鍋蓋で封印されている状態を表しています。

「亠」を横向きにすると「ト」となり、「戸」に通じますが、
要は「亠」は岩戸であります。


そして、六は「地球=大地=祖土=国常立尊」を表す数字であります。


六戸の熊野神社には、「日本の国土(祖土)を生んだ神」である
日向族のイザナギ・イザナミが祀られており、坂上田村麻呂の創建であります。

kumano1

kumano2

kumano3

神社の由緒書きには、

『本神社は、坂上田村麻呂が蝦夷平定の勅命を奉じ、陸奥の地へ下向、
此の地に滞在の際、延暦23年、住民をして一の堂宇を建立せしめ
雌雄の鷹の羽にて作りし拝領の矢二本をイザナギ・イザナミ二神の
御霊代として鎮祭し、熊野大明神と称え奉り崇敬の古社なりしも、
明治5年神仏仕分の際、手続きの不備の為、明治6年5月廃社となり、
明治13年復社出願し、同年8月9日無格社として聞き届けられ、
昭和6年村社に列せられる。』とあります。



推測ですが、本来、国常立尊が祀られているのかもしれません。
ならば、『六』の鍋蓋を開き、『八』を解放しましょう。


まずは、フーチで探査してみましょう。




「4と5を用い3を開けても、6の力が加わったとしても、
6なる数が7と9の影響下に無い場合、封印された智慧と力は無に帰す」


此処まで、『三四五の封印』を解き明かし、六の力が加わった。



七の『戸』である『七戸』には、昨年の12月4日に東北新幹線が乗り入れることで
すでに七の『戸』の磁場が変化したことが、七戸駅周辺の異常なカラスの群れを見て分かります。

七の『戸』である扉は、既に開いてきているのです。
ちなみに六の『戸』も新幹線の通り道であります。


従って、既に七の影響下にあるといっても過言ではないのですが、
次回は、津軽に仕掛けられた北斗七星の封印を解くことにしよう。




三……日向族(もしくは、天上界の力・神の力)
四……アマテラスの義弟たち
(もしくは、人間の知恵によって使われる天上界の力、アダムカドモン)
五……「四」に経験や歴史が加わった数字。現在のヒトを表す。
八……出雲族(もしくはスサノオ=国常立命=丑の金神)
九……ニギハヤヒ 真の初代天皇(スメラミコト)


日向族のイワレヒコが初代天皇「神武天皇」として伝えられていますが、
九である真の初代天皇ニギハヤヒが表に出ることで日の丸が完成するのであります。

天族である出雲族(イスラエル十支族)と日向族(ユダヤ二部族)の和合により
隠蔽されてきた日本の正史が明かされる!
  1. 神社・仏閣
  2. | trackback:0
  3. | comment:0
神々の街道 :: 2011/01/13(Thu)

さて、三の『戸』と五の『戸』の交差する場所は、
坂上田村麻呂創建の十和田神社と反応するが
ここが隠されている四の『戸』四戸なのか?

しかし、
直角三角形のほぼ真ん中に新郷村 旧村名である『戸来』に

隠された『戸』があった。

まさに、ピラミッドアイである。


『アーリオーンメッセージ』を見ると

「三角に結んだ契り、345の有限の封印…真ん中で閉じよ」

と記載されているので、戸来の『戸』が閉じられていたことが分かります。




「日向の直角三角形の封印において4の辺上に9つのポイントがある。
うち一ヶ所で日向は封印をしており、残り8ヶ所は偽物のポイントである」



ならば『三四五の封印』探査より浮かび上がった
直角三角形ラインの四の辺上である十和田神社及び戸来村周辺の
気になる場所をピックアップしてみよう。


★十和田神社
 
★十和利山

竹内巨麿が「五万年前の日本最初のピラミッドだ!」と言い張り、
この山には、十和田文明の神殿があったとされる

★戸来岳 

この地で死んだキリストが風葬されたとされる山

ピラミッドタイプの霊山であり、かつて修験者で賑わった。


★十和田山

ここもピラミッドタイプの霊山であり、かつて修験者で賑わった。
いずれの三つの山には、龍神伝説が残されている

★キリストの墓

竹内巨麿が、村内を歩き回り「この塚こそ、キリストの墓だ!」と叫んだ墓
イエスキリストと弟イスキリの二つの墓が残る

 
★大石神ピラミッド

竹内巨麿が「十和利山に付随する鏡石の山」と指摘したピラミッド。
上大石神ピラミッドと下大石神ピラミッドでワンセット

山頂部の巨石群から成る神殿が『上大石神』ピラミッド
『下大石神ピラミッド』には、「太陽石」「方位石」「星座石」、
倒れている「鏡岩」の裏には、ペトログリフが残されているという


★三嶽神社 

竹内巨麿が戸来村を訪れたとき
「ここの祭神は違っている!」と間違いを指摘した神社

盆踊り『ナニャドヤラ』を踊り明かす風習があり。

★ドコノ森 通称ドコノ森のロゼッタストーン

自然についた傷なのか、人が人工的に傷つけたのか。
彫刻刀で掘ったような傷のついた“なぞの石”が、
斜面に散在することで知られているのがドコノ森だ。
地元では刻線石と呼ばれている。この石が見つかったのは1936年。
当時、“神代文字”と宣伝され、1939年に日大教授が製作した
キリスト映画にもこの石が使われた。刻線のなぞは、今もって解明されていない。

★月日山 

かつては恐山と並ぶ霊山 磐座有 修験者が盛んであった


★迷ヶ平 

通称エデンの園 地球外生命体による人類のDNAの実験場であったらしい。


herai



いやはや、戸来を中心とする三角形周辺には、怪しいポイントばかりです(笑)





しかし、時空研の会員さんは、迷うことはない。
おもむろにフーチを取り出し、地図上で
『封印に関るポイントはここですか?』と本質生命体に伺い
クルクルフーチで導き出せばいいのであります。



この封印では『大石神ピラミッド』でヒットするはずです。


『戸来』のピラミッドアイを開くには、
やはり『大石神ピラミッド』が鍵でありました。

しかし、『十和田神社』でもヒットします。


実は、十和田神社は、他の理由の封印も兼ています。
ここは、また後の機会に・・・




あとは、封印がされている場所を認識し、

地図を取り出し直接フォトニックフラクタルを載せるか、


直接、写真を撮影し同じようにFFを直接載せれば


また、文章で封印を解くなら、
○○○(場所)の封印に関る根源意識

と書けば被ることもないのであります。



これで戸来村の『戸』が開き、新郷村は神郷村となるのであった。





「この道はかつて神々の街道と呼ばれていた」と村の古老からこれまでに
耳にしたことのない昔話を聞かされたが、沿道の民家の佇まいや数多く散在する
古びた鳥居がどことなく神々しい趣を醸し出し、言われてみれば「なるほど」と、
そんな気分にさせられてしまいそうだ。


『星の巫』森下年晃著 リベルタ出版P79より引用   








だが、これで封印をすべてを解いたことにはならない(笑)
メッセージには続きがあるのです。


「3の封印は、4と5に依って鍵の目が合い、
そこに更なる6なる力が加わって初めて日の目を見る」


さらに
「4と5を用い3を開けても、6の力が加わったとしても、
6なる数が7と9の影響下に無い場合、封印された智慧と力は無に帰す」



6なる力?6なる数?


次回に続き
  1. 神社・仏閣
  2. | trackback:0
  3. | comment:0
1月度 青森セミナーご案内 :: 2011/01/11(Tue)

大荒れの天候と共に問題の2011年があけました。
今年1月と10月(意識の変革)がキビシイとはいえ、ノイズが無かったら
かえって楽しい1年になりそうです。
一時的に好況を呈しインフレに入っていく1年です。と古村先生のお話です。


さて、今回のセミナーは、第3週目の日曜日の1月16日に
開催したしますので、ご案内をさせていただきます。


日 時  平成23年1月16日(日)     

    相 談  PM12:30~PM1:30
     セミナー PM1:30~PM4:30
     懇親会  PM4:30~PM6:30

場 所  セミナー・新年会 六戸ヘルスセンター


セミナー会費  1人 15,000円
懇親会 会費  1人  2,000円 

      

1月のセミナー内容

2011年アセンションに向けて激動期に遭遇するフラクタル対応

聖書の暗号ほかあらゆる予言(90%正解?)対応するゴッドアンサー

及び常識的な三次元的には・・インフレ?好況?

根本的な病気フォト対応・・写真ハウツウ

パーフェクトポジティブヒューマノイドをめざす

生き通しの人生(取り敢えず200才)計画


 

皆様お忙しいことと思いますが、ご参加をお待ちしております。
  1. セミナー
  2. | trackback:0
  3. | comment:0
隠された『戸』が開く時 :: 2011/01/09(Sun)

日向族が日本全国に仕掛けた『三四五の封印』は
蛇神族(出雲族)の縄文信仰の力を弱めるため
イエスメーソンである泰氏が協力し、縄文信仰の中心である磐座等の上に
神社仏閣を創建し『345の封印』を施されているのが現状である。

真実を隠されてきた我々日本人は、イシヤの仕組みから
まだ、目が覚めないでいるのだ。




さて、青森県における『三四五の封印』を考察してみましょう。

青森は、非常に数字のつく地名が多いのですが



三戸 三内丸山 三沢 三本木 三厩 
五戸 五所川原 六戸 六ヶ所 七戸 
八戸 八甲田 十和田 十二湖 十三湖
百石
  
ざっと、思い浮かべただけで結構あります。



まずは、『戸』のつく地名をヒントに進めていきましょう。
『戸』とは、ずばり岩戸であり、扉を表しています。


大本裏神業を継続している一派が1994年10月17日に、イザナギとイザナミの
国生みによって出来た淡路島の自凝島(おのころじま)神社で、
弥勒大神の出現の神業を行われ、翌年に阪神大震災が起きましたが

神戸は、神の『戸』であります。


そして、阪神大震災の10日前、『水』の『戸』である水戸で震度4を記録し、
前年12月28日には『八』の『戸』である八戸でも震度6の地震が起きています。



前回の記事同様、絶版になっている「アーリオーンメッセージ」を
参考に封印を考察してみよう。



「確かに日向族は三のつく地名を使って三四五の封印をした。
しかし、四は地名として残していない」



その通りに『四戸』は現在地名として残っていない。



「五のつく地名が、日向族の三四五の封印の為に利用されたのではない。
『ご』が初めにつく地名はみな三四五の封印をかける為に利用されたのだ」


『三四五の仕組み』その名のとおり、単純に『三』戸と『五』戸から


『四』戸を探査してみましょう。




時空研には、フーチの技術があるのでマップダウジングをすれば
隠されている『四』戸は、容易に見つかるはずであります。



三『戸』の上にフーチを置き、『隠された四の戸の方向はどこでしょうか』と
本質生命体に伺えば、一定の方向に振れてきます。

同じように五の『戸』である五『戸』にフーチを置き、同じように探査する。

『三』戸と『五』戸のラインが交差する場所は、

ずばり十和田神社であります。

herai


巨大な磐座の上に坂上田村麻呂が十和田神社を創建したことになっているが
蝦夷封じである『三四五の封印』に他ならないことは、明確であります。


この導き出されたピタゴラスの定理に当てはまる直角三角形の真ん中には、

新郷村が存在するが、新郷村の旧村名は、戸来村である。

ここにも『戸』があった!
三角形の中には、封印された『戸』が存在したのである!

ピラミッド・アイだろう。

しかも、戸来の名のとおり、来る『戸』である。
封印された出雲族の神々が、この『戸』から戻ってくるのだろうか?



「日向の封印は、それぞれ封印された地域に住む人が、自分で気づき、
解きに行くだろう。三四五の封印は日向の手によってかけられたのだから、
日向の手によってしか解くことができない。

日向の血を受け継いだものが、この本を読み三四五の封印の知恵を得たら、
四の辺上にあるたった一つのポイントに直観で気づき、自らそこへ行くだろう」



時空研の会員さんやこのブログの読者の皆さんにも
日向族や泰氏の血を受継ぐこの封印を解くお役目の方が
いるはずでございます。


フーチの技術やフォトニック・フラクタルを使用すれば、「三四五の封印」を解くことも
そして封印に関る被害は最小限に抑えられるのです。



「日向の直角三角形の封印において4の辺上に9つのポイントがある。
うち一ヶ所で日向は封印をしており、残り8ヶ所は偽物のポイントである」



メッセージの通り、戸来村周辺は、ポイントである古代遺跡がゴロゴロしているのだ・・・
  1. 神社・仏閣
  2. | trackback:0
  3. | comment:0
三四五の仕組み :: 2011/01/07(Fri)

『日月神示』には、こう示されています。



「てんし様の光りが世界の隅々まで行き渡る仕組みが三四五の仕組みぞ、岩戸開きぞ」

「三四五の仕組みとは、みよいずの仕組みぞ、御世出づとは、神の御代になることぞ。
この世を神の国に練り上げることぞ。神まつりたら三四五の御用にかかるから、
そのつもりで用意しておいてくれよ」

「一二三の仕組みが済みたら三四五の仕組みと申してありたが、世の元の仕組みは
三四五の仕組みとなるのぞ。五六七の仕組みとは、弥勒の仕組みのことぞ」

「三四五の仕組み出来ないで、一二三の御用はやめられんぞ。
この神示読んで三四五の世の仕組みよく腹の中に入れておいて、
上の人に知らしてやりて下されよ。三四五とは、てんし様の稜威、出づことぞ」

「一二三(ひふみ)、三四五(みよいづ)、五六七(みろく)、
弥栄々々ぞ、神、仏、耶ことごと和し、和して足り、太道ひらく永遠、
富士は晴れたり、太神は光り出づ、神国のはじめ」

「一二三、三四五、五六七ぞ。五の歳は、子の歳ざぞ」



『三四五の仕組み』とは何のことでしょうか。



『日月神示』を降ろした神と同じ霊統の神といわれる
1995年頃から北川恵子氏がコンタクトしている『アーリオーン』からの
情報を引用しますが、古代日本の隠された歴史を語っています。



出雲族は日向族と同じアマ族(天孫族)である。
天孫族とは外来系の「天津神」とも呼ばれている。
一方、日本列島の原住民(縄文人)を「国津神」と呼ぶ。
それは主に、シュメール・バビロニアから直接、日本列島に渡来した先住民である。
本来、天津神である出雲族が「国津神」と呼ばれているのは、出雲族が国津神と共に
封印されたからだ。


「十種神宝」を所有する出雲族が王位を継承し、日向族がそれを支えることで
日本を統治するという約束が交わされていたが、先に日本列島に到着して勢力を
拡大していた日向族が、出雲族に「十種神宝」の引き渡しを要求してきた。

そこで出雲族が日向族を征討し、出雲族の強大な力に恐れをなした
日向族の族長イザナギ・イザナミが娘の「アマテラス」を差し出し、
「スサノオ」との婚姻によって出雲族と日向族の協定が実現した。

だが、日向族の実権を裏で握っていた「アマテラスの義弟たち」は、
それが許せなかった。

アマ族(出雲族と日向族)の真の目的は、世界の雛型である日本列島で
神国を実現する事だった。人類の意識進化を促し、万有の平和と安寧への
自由な道を確立することがアマ族の使命だったのだ。

スサノオとアマテラスの婚姻に怒り狂った「アマテラスの義弟たち」は、
世界の雛型である日本人の意識進化を妨げ、末代まで争い事が続く世の中に
するべく、出雲族の排除と日本列島のエネルギーに封印を施したのだった。


メッセージここまで



『アマテラスの義弟』とは、皇室の祭祀儀式を取り仕切る
秦氏支族の「忌部氏」のようですが。。



このメッセージの真偽の程は、読者の皆様の探査で
判断していただきたいのですが、
「日向族」によって「出雲族」と日本列島のエネルギーが
封印されたという流れで話を進めていきましょう(笑)





アーリオーンは、アマテラスの義弟たちによる封印について、
次のように述べています。



「アマテラスの義弟たちは345で構成される直角三角形を用いて、
 日本中に封印を施した」

「三角に結んだ契り、345の有限の封印…真ん中で閉じよ、開く為」



345の封印は、ピタゴラスの定理に基づく、
辺の比が(3,4,5),(5,12,13) の直角三角形の形を
利用した封印なのであります。

ピラミッドアイ




「確かに日向族は三のつく地名を使って三四五の封印をした。
しかし、四は地名として残していない」

「五のつく地名が、日向族の三四五の封印の為に利用されたのではない。
『ご』が初めにつく地名はみな三四五の封印をかける為に利用されたのだ」


『八郎太郎伝説』のように「八」を象徴する出雲族の地域周辺には、
「三」のつく地名が数多く存在しますが
日向族が「八」を「三」に塗り替えて出雲族を封印したということでしょうか。



『三四五の仕組み』を青森県内の『戸』の地域に、当てはめてみることにしよう。


参考サイト 秘密結社 KNIGHTS † LUCIFER ルシファーの封印解除
  1. 神社・仏閣
  2. | trackback:0
  3. | comment:0
八郎太郎伝説再考 :: 2011/01/05(Wed)

このブログでは『八郎太郎伝説』を何度か取り上げているが、
取り上げなくてはならない因縁のようなものを感じているです。

何の脈絡もない一編の昔話は、ジグソーパズルのひとつのピースであり、
まさに時空を越え現在に繋がり、年末の青森県南部地方から
岩手県北一体の『戸』の地域及び島根県にまたがる暴風大雪に関係してくるのだ。




昔、草木ー黒又山の南にある草城神社のあるところかーというところに
八郎太郎という若者がいた。八郎太郎は「級(まだ)」という木の皮を剥いで、
それを売って生活していた。

或る時、友達と三人で十和田湖へ行った。そして、二人の友達が仕事に出掛けて
いる間、炊事当番になった八郎太郎は水汲みのために川に下りて行った。

すると、清流の中に岩魚が三匹、泳いでいるのが見えた。
思わず捕まえた八郎太郎は一匹だけ食べて、残り二匹を友達のために
取っておこうとしたのであるが、焼いて食べてみるとこの世のものとも
思えないほどおいしかった。ついつい全部、食べてしまった。

ところが、しばらくすると喉が焼けつくように熱い。水を飲んでも
おさまらない。ついに清流に口を付けて飲み始めた。
ふと我に返り、川の流れに映る自分の顔を見て驚いた。

なんと、八郎太郎は火の玉のような目をした蛇になっていた。
八郎太郎は三十余丈の大蛇となり、それ以来、十和田湖の主になったのであった。


ところが、それから長い歳月が過ぎ去ったある日のこと。
南祖坊ごいう修行僧が十和田湖にやってきた。そして、洞窟に篭り、
法華経を唱え始めたのだった。当然、八郎太郎は怒り、大喧嘩になった。

十六の角を持ち、八つの頭を持つ大蛇となった八郎太郎は、
九つの頭を持つ龍身となった南祖坊に向かって行った。鎬を削る戦いは
七日七晩に及んだ。

死闘の末に敗れた八郎太郎は鹿角盆地の大湯の里に現れ、米代川と大湯川、
小坂川が集まる毛馬内のところで茂谷(もや)山という山を動かして
川をせき止め、そこを湖にしようとした。しかし、大湯の集宮に集合した
土地の神々に反対され、ついには米代川を下って八郎潟に辿り着き、
そこの主になったのだという。


この伝説は、十和田湖だけでなく

青森県南部町(名川)には、諏訪の平駅周辺である
玉掛の竜の口岩まで逃げて来たバージョンと

青森県南郷村島守に逃げて来たバージョンがあり

この二つは、いずれも高山嶽の神々に石を投げつけられ
八郎潟に逃げるのであります。



この一連の伝説の根底について記載された

『古代みちのく101の謎』鈴木 旭 新人物往来社

からの引用


元々、大湯の里を含む十和田文化圏は大蛇神を信奉する「蛇神族」の
テリトリーであったが、よそからやってきた龍神を祀る渡来系部族に
よって追放され、本拠を失った蛇神族は流れ流れて男鹿半島に辿り着き、
そこに定住するようになったということであろう。

蛇神族とは十和田文化圏に建設された数々のピラミッド群を建設した人々であり、
それを追放した龍神を祀る渡来系部族とは、それを破壊し、抹殺した人々だった
のではないだろうか。

P74より引用



『八』という数字は、蛇神族を示し、高度な縄文遺跡および山を利用したピラミッドなど
日本各地に各地にその痕跡を遺した古代フリーメーソンでもあり、
後に日本に渡って来た龍神を祀る渡来系部族によって、本来のこの土地のエネルギーである地霊を
封印されていることは伝説の中に垣間見ることが出来るのでございます。



次回『345の封印』
  1. 日本とユダヤ
  2. | trackback:0
  3. | comment:0
新年早々 :: 2011/01/02(Sun)

新年明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願い申しあげます。



12月31日の時空研本部ブログの記事に

どうもフラクタルに直接貼らなくても周辺に置けばその書いてある言霊から
出している因・縁・果の波動を吸収浄化してくれる様です

とフォトニックフラクタルのことが書かれてありますが、


実は、『戸』の謎を追え!の続編のネタ

一戸から九戸および十和田周辺には、イスラエル十支族の出雲族の神が
日向族に「345の封印」をされた箇所があるのですが、フーチで探査して
場所を書いた紙を机に置いていたのです。

その机の上には、フォトニックフラクタルが置いてありましたが、
どうも封印を浄化してしまったようなのです。




ご飯炊けず、厳寒正月…青森・岩手停電2万世帯
読売新聞 1月1日(土)19時33分配信

 大みそかから元日にかけての荒天で、青森県南部や岩手県北部を中心に大規模な停電が起き、
1日午後9時現在、約2万1000世帯で停電が続いている。

 雪や倒木が立ちはだかり、復旧作業は難航しているという。

 東北電力によると、強風や積雪による倒木で電線が切断するなどし、12月31日朝から
停電が起き始めた。同社が復旧作業を進めたが、同日夜になって停電地域は拡大。
停電が発生したのはこれまでに40市町村(青森18、岩手22)、延べ約8万7000世帯に
上っている。

 青森県南部の新郷村では31日午後8時40分頃から約1900世帯のうち約1800世帯で
停電が発生し、1日夜になっても約1200世帯で復旧していない。

 同村の山間部では、倒れた木が至る所で電線を切断。同村戸来の無職男性(76)は、
「テレビが見られず、ご飯も炊けず、とんだ正月になった。床暖房なども使えず、とにかく寒い」と話した。
最終更新:1月1日(土)22時42分




東北に封印された出雲神は、丑の金神なので荒ぶる結果であります。
被害に遭われた皆様、どうもすいませんでした。
  1. つぶやき
  2. | trackback:0
  3. | comment:2
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。