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キリストの本塚は戸来岳2 :: 2010/06/19(Sat)

そして皇紀七三九年五月一日から八日まで再び越中の皇祖皇大神宮に
参籠し、武雄心親王に、自身の遺言書並びに、自身の像形を刻み込んだ
父母のの骨像石を自分の霊として神宮に納祭されるように願ったので、
親王は天皇に奏上し、お願申上げると、不憫に思召して、勅許を賜ったので、
キリストは歓喜して、早速霊の石(堅い石)の表面には、天照日大神(神代七代目)の
御姿を刻み、裏面には自分の正面とプロフイル(横顔)、又渡来船と、
イスキリス文字で大切なことを彫って之を作り上げた。
これはキリストが天国(日本)に来てから、六十六年目、即ちキリストの
百七歳の時であった。

そしてキリストは、皇紀七百四十一年、辛己、景行天皇即位十一年、
十二月二十五日、暮六つ刻、戸来岳に於いて逝去した。

当年正に、百十八歳で苦難と光輝ある生涯を閉じたのである。
キリストの遺言により、戸来岳に風葬して、四年後に白骨となったのを、
此の山に埋め、又分骨は、十和田湖半の、オンコ岳に埋められた。

そして、金笠太郎坊と大平太郎坊(弟子)とは、生前のキリストの遺言通り、
霊魂の石を皇祖皇大神宮納祭のために、又武雄心親王よりキリストに賜りし、
「天国、天座」(あまくに、あまざ)の作った宝剣の小刀を奉じて、
二人は親しく武雄心親王に面会して、御返し申上げ、その使命を全うした。


P175~176まで引用

最後にキリストの霊魂は皇祖皇大神宮に納まり、肉体は日本の青森県に有り、
霊肉共日本に止まっていることを忘れてはならなぬ。

P179より引用
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