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八郎太郎伝説再考 :: 2011/01/05(Wed)

このブログでは『八郎太郎伝説』を何度か取り上げているが、
取り上げなくてはならない因縁のようなものを感じているです。

何の脈絡もない一編の昔話は、ジグソーパズルのひとつのピースであり、
まさに時空を越え現在に繋がり、年末の青森県南部地方から
岩手県北一体の『戸』の地域及び島根県にまたがる暴風大雪に関係してくるのだ。




昔、草木ー黒又山の南にある草城神社のあるところかーというところに
八郎太郎という若者がいた。八郎太郎は「級(まだ)」という木の皮を剥いで、
それを売って生活していた。

或る時、友達と三人で十和田湖へ行った。そして、二人の友達が仕事に出掛けて
いる間、炊事当番になった八郎太郎は水汲みのために川に下りて行った。

すると、清流の中に岩魚が三匹、泳いでいるのが見えた。
思わず捕まえた八郎太郎は一匹だけ食べて、残り二匹を友達のために
取っておこうとしたのであるが、焼いて食べてみるとこの世のものとも
思えないほどおいしかった。ついつい全部、食べてしまった。

ところが、しばらくすると喉が焼けつくように熱い。水を飲んでも
おさまらない。ついに清流に口を付けて飲み始めた。
ふと我に返り、川の流れに映る自分の顔を見て驚いた。

なんと、八郎太郎は火の玉のような目をした蛇になっていた。
八郎太郎は三十余丈の大蛇となり、それ以来、十和田湖の主になったのであった。


ところが、それから長い歳月が過ぎ去ったある日のこと。
南祖坊ごいう修行僧が十和田湖にやってきた。そして、洞窟に篭り、
法華経を唱え始めたのだった。当然、八郎太郎は怒り、大喧嘩になった。

十六の角を持ち、八つの頭を持つ大蛇となった八郎太郎は、
九つの頭を持つ龍身となった南祖坊に向かって行った。鎬を削る戦いは
七日七晩に及んだ。

死闘の末に敗れた八郎太郎は鹿角盆地の大湯の里に現れ、米代川と大湯川、
小坂川が集まる毛馬内のところで茂谷(もや)山という山を動かして
川をせき止め、そこを湖にしようとした。しかし、大湯の集宮に集合した
土地の神々に反対され、ついには米代川を下って八郎潟に辿り着き、
そこの主になったのだという。


この伝説は、十和田湖だけでなく

青森県南部町(名川)には、諏訪の平駅周辺である
玉掛の竜の口岩まで逃げて来たバージョンと

青森県南郷村島守に逃げて来たバージョンがあり

この二つは、いずれも高山嶽の神々に石を投げつけられ
八郎潟に逃げるのであります。



この一連の伝説の根底について記載された

『古代みちのく101の謎』鈴木 旭 新人物往来社

からの引用


元々、大湯の里を含む十和田文化圏は大蛇神を信奉する「蛇神族」の
テリトリーであったが、よそからやってきた龍神を祀る渡来系部族に
よって追放され、本拠を失った蛇神族は流れ流れて男鹿半島に辿り着き、
そこに定住するようになったということであろう。

蛇神族とは十和田文化圏に建設された数々のピラミッド群を建設した人々であり、
それを追放した龍神を祀る渡来系部族とは、それを破壊し、抹殺した人々だった
のではないだろうか。

P74より引用



『八』という数字は、蛇神族を示し、高度な縄文遺跡および山を利用したピラミッドなど
日本各地に各地にその痕跡を遺した古代フリーメーソンでもあり、
後に日本に渡って来た龍神を祀る渡来系部族によって、本来のこの土地のエネルギーである地霊を
封印されていることは伝説の中に垣間見ることが出来るのでございます。



次回『345の封印』
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