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鬼神社伝承 :: 2011/02/02(Wed)

大昔、この村に弥十郎という者があった。正直でおとなしい農夫であった。
あるとき、岩木山にタキギ取りに入ったが、山中で見たこともない
恐ろしげな大男に出会った。これが山の大人(鬼神)であった。

弥十郎はその後たびたび大人と出会って親しくなり、角力などをとって
山中で時を過ごしたが、いつも大人は弥十郎の家にタキギをどっさり
運んでくれた。そんなある日、弥十郎は、村に田地を開墾したいと言った。

大人は助勢を約束して帰った。ほどなく手伝いに来た大人のおかげで
たちまち開墾ができあがり、弥十郎は大いに喜んで酒と魚を持って
大人にお礼に行った。

ところで新開の田畑は水の便が悪く、たびたび渇水して村人が困った。
弥十郎はこのことを大人に頼んだ。すると一夜のうちに、谷川の水が
溢れるほど注ぎこんだ。これを見た弥十郎はまた大喜びで、ふたたび
酒や魚を持参して大人をもてなした。しかし、あまりの不思議さに
水源をたずねたところ、岩木山中の赤倉岳の谷間から、大石をくだき
高低をならして水路を開き、灌漑の水を引いてくれたとのことであった。

そこでこの奇瑞に驚き、その沢口を「逆水の沢」と言い、また村の名を
鬼沢と呼ぶことになった。

ところが弥十郎の妻は、大人が田畑の開墾を手伝い、また田に苗の植えつけにも
来てくれたと聞いて疑い、それを確かめようとして、こっそり物かげから
様子をうかがった。大人はこれを知り、弥十郎にこう言って立ち去った。

「お前との交わりもこれまでだが、いままで親しくしたしるしに
開墾に使った蓑と笠と鍬をやろう。」

大人は二度と現れなかったが、これらの品を堂社に納めて鬼神社と称し、
鬼神を祀ることになった。のちに弥十郎も山に入って大人になったともいう。


『弘藩明治一統誌 神社縁起録』より鬼神社の由来




黄金の子牛像を崇拝したヒッタイト系イスラエル10支族(出雲族)の
族長である「スサノオ」は、蓑と笠をかぶって暴風雨とともに現れますが
蓑と笠と鍬は、まさにスサノオの象徴であります。


鬼神を祀るこの村には、昔から節分にも豆まきをせず、端午の節句に軒に
菖蒲を挿さないのでありますが、
そもそも節分は、神社神道を確立した秦氏の行事であり、
平安時代から行なわれている追儺という宮中の鬼払いの儀式に原型が見られます。
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