時空研 青森

時空研青森のブログです



スポンサーサイト :: --/--/--(--)

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. スポンサー広告
湯舟神社 鬼伝説 :: 2011/02/04(Fri)

弘前市から西方、西津軽郡鰺ヶ沢町に湯舟神社が高津森山の麓に鎮座します。

記録によれば、寛政年間(1789~1801)に飛竜大権現を祀り、
飛竜宮と呼ばれていた一社であったが、明治の神仏分離のとき飛竜宮を廃し、
高倉神社に改め、祭神を高皇産霊としたのが湯舟神社であります。

江戸中期の寛延年間から、津軽三十三観音の第六番札所となり
本尊聖観音が合祀されて、現在も神仏混合の形態のままであります。

湯舟1
湯舟2
湯舟3


『寛延順礼記』(寛延四年1751)によると
「本尊は達磨の形で石仏である」と記されていますが、石仏と考えられたのは
実は、鉄滓(かなくそ)で高さ1m、周囲1.5mほどのものを主体として
小さな鉄滓2個を積み、仏体に似せているが、これが飛竜大権現の本尊であります。


湯舟という地名が物語るように、このあたりは古代の製鉄遺跡と考えられ、
集落の南側に若山遺跡と呼ばれる所があり、鉄滓(かなくそ)や羽口が出土するのです。


『寛延順礼記』によると

「昔、ここに鬼神太夫という鍛治がおり、刀を打ち悪魔を退治した。
 石と化したので観音堂にお祭りした。石が地面から出現したので
 堂は鞘堂にしてある。ここから奥の方に、刀を鍛えた湯舟の跡がある。」

と述べられています。


『津軽俗説選後々拾遺』(寛政九年(1797)によると

即ち、天文(1532~55)のころ、湯舟に鬼人丸という名高い刀鍛治がいた。
岩木山の赤倉にすむ大蛇が鬼人丸の娘に恋をし、若者に化けて鬼人丸の家に住み込んで
弟子入りをした。二年ほどで鍛刀の術をすべて習得したので、鬼人丸はこの若者に娘をやり
家督を継がせようとした。鬼人丸は若者に、一夜のうちに十腰の刀を鍛えれば娘を
やろうと言った。

そこで若者は鍛冶場にこもり、蛇体を現し懸命に刀を打ち、十腰の刀を鍛えた。
しかし若者の正体を知った鬼人丸は、そのうち一腰を隠してしまった。
夜が明けて、十腰に足らぬことを知った若者は、はじめて鬼人丸に素性を告げて
立ち去った。
そこで鬼人丸は後難を恐れて、大蛇を飛竜権現に祀ったのであるという。



従って、岩木山北麓一帯は、巨大な古代製鉄跡が広がり、
鬼伝説と「たたら」が重なっているのであります。
スポンサーサイト
  1. 神社・仏閣
  2. | trackback:0
  3. | comment:0
<<2月度 青森セミナーのお知らせ | top | 鬼神社伝承>>


comment

comment


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://aomorijikuuken.blog114.fc2.com/tb.php/237-16d6fb68
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。