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ダビデ王の紋は神宮奥宮の紋 :: 2011/06/19(Sun)

それは、伊勢の皇大神宮の内宮と外宮を結ぶ参道に立つ、百個近い石灯籠の
あかり窓に、このヘロデ王の紋が描かれていることであった。
その石灯籠には、一番上に当然のことながら、日本の皇室の紋章である菊の紋が
浮き彫りされ、その石のあかり窓に、このヘロデ王の紋があり、さらに驚くべきには
その下の石の台座に、ユダヤのダビデ大王の、カゴメ印の紋が彫られてあるのだった。


           中 略



翌日、西宮市の木藤石材工業を訊ねた。木藤社長は、おだやかな感じの人であった。
わたしの質問に答えを知っているかぎりのことを話してくれた。

灯籠を作るにあたって、当時の神宮庁長官の二荒伯爵と、当時の奉賛会会長の
森岡善照氏という実業家の指示にしたがった。
木藤氏は、灯籠に菊の紋章を入れることについては、当然のことと思った。
ところが、二荒長官と森岡氏は、あかり窓のあのひまわりの紋(ヘロデ王の紋)を
必ず入れるように強く主張した。それであかり窓の中央に書き入れることにした。
そしてさらに台座にカゴメの紋も彫り入れることになった。

木藤氏は、灯籠に三つもの紋を入れることは、くどすぎる気がしたので、
菊のご紋一つだけを主張したが、二荒長官らは、それを聞き入れず、
どうしてもその二つ(ユダヤの紋)を入れなければならない、と言い張ったという。
木藤氏は、その理由を聞こうとしたが、二人は答えてくれなかった。

ただ、カゴメの紋については、それが伊勢神宮の奥宮に「伊雑の宮」のご紋である、
ということの説明は受けた。しかし、ヘロデ王の紋につちえは、深い根拠があることは
確かなようであったが、説明はされず、とにかくこの紋を入れなければならないのだ、
の一点ばりであった、という。

二荒伯爵も森岡義照氏も故人となっていて、いまとなっては、もう聞くこともできない。
木藤氏の話は、そのようなものであった。わかしは、その話を聞いて、またも驚かざるを
得なかった。ダビデ王の紋であるカゴメの紋が、伊勢神宮の「奥宮」の正式な紋であった、
というのだ。

つまり、ユダヤの紋は、単に灯籠の飾りであるだけでなく、皇室の神宮のさらに
奥の核心の部分へと、いよいよ深く入りこんでいくのであった。
しかも、一方のヘロデ大王の紋については、さらに微妙ないわく因縁がありそうであり、
神宮長官はそれを知っておきながら、神宮とその紋との深い関係を決して口外しない、
あるいはできない事情があるにちがいないのだーわたしはそう感じた。

イスラエルのダビデ王は、イスラエルの建国の父である。紀元前101年にエルサレムに
王宮を構えた名君であった。
そして、伊勢神宮は、日本建国のハハである天照大神を祭ってあるわけである。
両者に共通する因縁があることは、うなずけるのであった。

だが、西アジアの果てなる国と、東アジアの果てなる日本との、このあまりに
かけ離れている二つの国の王家どうしに、いかにも密着したような奇妙な関係を
感じさせるのは、これはいったいどういうことなのかーわたしは、西宮駅のホームに
立ち電車を待ちながら、考えあぐむのであった。

『天皇家とユダヤ人』篠原央憲 光風社出版より引用
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